子どものおこづかいを、家計簿の上でどう扱うか
教育論ではなく記録の話です。定額制、お手伝い報酬制、その都度渡す方式が、それぞれ家計簿に何をするか。「子どもに使ったお金」と「子どもに渡したお金」を混ぜないこと。
このページは、おこづかいをいくらにすべきか、何歳から渡すべきかという話ではありません。それは各家庭が決めることです。ここで扱うのは、渡し方によって家計簿がどう変わるか、という記録の側の問題だけです。
そして、この問題は思ったより実務的です。おこづかいの方式を変えると、家計の月々の数字の読みやすさが目に見えて変わりますし、多くの家庭は自分がどれだけ子どもにお金を渡しているかを、集計するまで知りません。
三つの方式と、帳簿への影響
定額制
月に一度、決まった額を渡す。家計簿の観点では、これが圧倒的に扱いやすい。月に一件、金額は一定、予算も立てられる。年間いくらかが即座に分かるので、不定期支出の洗い出しにも乗せられます。
記録は「おこづかい」という費目に一件。渡したあと、その中で子どもが何を買ったかは、家計簿の外の話です。ここを追いかけようとした瞬間に、定額制の最大の利点である単純さが消えます。
お手伝いへの報酬
手伝いの内容ごとに金額を決めて渡す方式。帳簿の上では、定額制と都度払いの中間です。件数は増えますが金額の見当はつきますし、月の合計はある程度安定します。
実務上の注意は一点。件数が増えるので、その都度記録するのは現実的でないことが多い。週に一度まとめて一件にするか、月末に合計を一件にするのが続きます。ここでも、正確さより続くことを優先してください。
その都度、必要なときに渡す
定額のおこづかいは渡さず、必要が生じるたびに親が出す。友だちと出かけるとき、部活のあとの買い食い、文房具、ゲームの課金。日本の家庭でおそらくいちばん多い形で、そして家計簿を最も静かに壊します。
理由は二つあります。第一に、渡すのは現金であることが多く、明細も通知も残りません。第二に、一回が数百円から千円程度で、印象に残らない。つまり記録から抜ける条件を、すべて満たしています。
この方式をとっている家庭が、一年ぶんを集計して驚くのは定番です。定額制なら月三千円で年三万六千円だったはずのものが、都度払いだと年に十万円を超えていたりする。悪いことをしたわけではありません。ただ、誰も数えていなかっただけです。
都度払いを続けるなら、せめて一日一件、その日渡した現金の合計を一行にまとめて記録してください。費目の内訳は要りません。合計さえ本当なら、年に一度の判断材料としては十分です。
「渡したお金」と「子どもに使ったお金」は別の行
家計簿でいちばんよく起きる混線がこれです。
子どもに紐づくお金には、性質のまったく違う二種類があります。
- 子どもに渡したお金 — おこづかい、お手伝いの報酬、都度渡した現金。渡した時点で、使い道は子どもが決めます。
- 子どものために親が使ったお金 — 給食費、教材費、塾、習いごと、部活の用具、服、靴、医療費、修学旅行の積立。金額としてはこちらが圧倒的に大きい。
この二つを「子ども費」という一つの費目にまとめると、統計は読めるのに、そこから何も決められなくなります。年間四十万円という数字が出ても、その内訳が塾代三十万円なのか、おこづかい四万円と部活の用具なのかで、話はまったく別だからです。前者は教育方針の話、後者は日々の運用の話です。
だから、少なくともこの二つは分けてください。そのうえで、後者はさらに「毎月来るもの」と「年に一度来るもの」に分けておくと、年間の見通しがぐっと立てやすくなります。
お年玉と、祖父母からの現金
日本の家計簿で、扱いに困る筆頭がここです。正月に子どもがまとまった額を受け取る。親戚が会うたびに千円札を渡す。金額としては年に数万円になることも珍しくありません。
扱い方は、実質的にどう運用しているかで決めるのが素直です。
- 子どもの口座に入れて手をつけないなら、家計の収入でも支出でもありません。記録するとしても、家計の合計に混ぜない別枠にしてください。混ぜると、正月の収入が跳ね上がって、その年の家計の平均が歪みます。
- 一部を子どもが自由に使い、残りを預かるなら、預かった額は上と同じ扱い、自由に使う額は子ども自身のお金です。どちらも家計の支出ではありません。
- 実質的に親が家計に組み込んでしまっているなら——たとえば子どものものを買うのに充てているなら——それは正直に収入として記録して、そこから出した支出も記録してください。あいまいにすると、その年だけ子ども費が不自然に安く見えます。
どれが正しいという話ではなく、家庭ごとに決めて、翌年も同じ扱いにすることだけが重要です。年によって扱いが変わると、年次比較そのものが成立しなくなります。
子どもを帳簿の家族メンバーにするか
共有帳簿では、各記録に「誰が使ったか」が残ります。子どもをメンバーとして登録しておけば、人別の集計が本当の数字になります。これは有用です。子どもに関わる支出は家計の中で大きい割合を占めるのに、多くの家庭で正確に把握されていません。
ただし、ここで大人の家計共有とまったく同じ問題が、より鋭い形で現れます。記録が監視になるという問題です。
小さい子どもなら実質的な論点はありません。親が代わりに記録するだけです。問題は中学生以降で、自分の判断でお金を使うようになってからです。渡したおこづかいの使い道を親が全部見られる状態は、おこづかいを渡す意味そのものを消します。渡したお金を自分で配分する経験が目的だったはずなのに、配分のたびに説明を求められるなら、それは前借りした親のお金を使っているのと変わりません。
大人どうしの家計で機能する線が、ここでもだいたい機能します。合計は透明に、明細は本人のもの。つまり、おこづかいとして渡した金額は帳簿にはっきり残す。渡したあとの使い道は帳簿の外に置く。子どもが自分で記録したいと言い出したら、それは本人の帳簿として持たせる。
Fambook では、家庭に参加する前に書いた記録は共有帳簿に統合されません。参加より前のものは、そのまま本人に紐づいて残ります。これは大人のために設計された挙動ですが、子どもが自分の記録を持ってから家庭に加わる場合にも、そのまま効きます。なお、無料での共有は二人まで対応していて、三人目以降のメンバーは課金の対象です。
おこづかいが金銭感覚を育てるのか、という問い
この手のページは、たいていここで「おこづかいは子どもの金銭感覚を育てます」と書きます。書きません。
実際のところ、おこづかい制度が後年の金融行動に与える影響についての研究は、量が少なく、結果が一致しておらず、そして大半が本人の自己申告に依拠しています。おこづかいをもらっていた人が後年うまくやっているという相関が見つかったとしても、おこづかいを渡す家庭とそうでない家庭は、収入も教育観も他の多くの点で違います。何が効いたのかを切り分けられていません。
だから、ここで言えることは狭い。おこづかいは家計簿の上で扱いやすく、都度払いは扱いにくい。年間いくら渡しているかを知っているほうが、知らないよりは判断ができる。それ以上の主張は、この場所からはできません。子育ての方針は、家計簿アプリが決めることではありません。
よくある質問
おこづかいは家計簿でどの費目にすべきですか。
「子ども費」にまとめず、独立した費目にしてください。渡したお金と、親が子どものために使ったお金は性質がまったく違います。塾代三十万円とおこづかい四万円が同じ行にあると、年間の数字は出ても、そこから何も決められません。
その都度渡す方式ですが、記録が続きません。
いちばん抜けやすい形なので、費目の内訳は諦めてください。その日に渡した現金の合計を、夜に一行だけ記録する。それだけで年間の総額は分かります。多くの家庭は、集計して初めて自分がいくら渡していたかを知ります。
お年玉は収入として記録すべきですか。
実際の運用に合わせてください。子どもの口座に入れて手をつけないなら家計の収入ではないので、混ぜないでください。混ぜると正月の収入が跳ねて年間の平均が歪みます。実質的に家計で使っているなら、正直に収入として記録して、そこからの支出も記録するほうが筋が通ります。大事なのは、翌年も同じ扱いにすることです。
子どもを共有帳簿のメンバーにすべきですか。
人別の集計を本当の数字にしたいなら有用です。ただし中学生以降は、渡したおこづかいの使い道まで見える状態にしないほうがいい。渡したお金を自分で配分する経験が目的だったはずなのに、配分のたびに説明を求められるなら、渡した意味がなくなります。合計は透明に、明細は本人のもの、という線が実務的です。
家族が三人以上でも無料で使えますか。
Fambook の無料の共有は二人までです。三人目以降のメンバーを追加するのは課金の対象になります。記録、費目、予算、統計、CSV の取り込みと書き出し、同期は無料の範囲です。
おこづかいは子どもの金銭感覚を育てますか。
ここでは断言しません。この分野の研究は量が少なく、結果が一致しておらず、多くが自己申告に依拠しています。おこづかいを渡す家庭とそうでない家庭は他の多くの点でも違うので、何が効いたのかが切り分けられていません。家計簿の側から言えるのは、定額制のほうが記録しやすい、ということだけです。
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